りんご売りをしていたときのお客さんから、数年ぶりにふとメールがきた。
「元気ですか?」というようなシンプルなメールだった。
そのお客さんは、当時ジャム用の林檎を買いに行こうとされていたそのタイミングに、
私がその家のチャイムを押したのが出会いだった。
その人が作っていたジャムはちょっと変わっていて、
林檎を丸ごと煮込み、そのあと林檎を濾して、
残りの煮込み汁にレモン果汁と砂糖を入れて煮詰めるという工程。
蜂蜜のようにとろりとして、透き通ったりんごの赤に染まりあがり、
パンに塗るのはもちろん、紅茶に入れると美味しいアップルティにもなる。
そんな手の込んだことにも挑むような、とにかくいつもわくわくしている人だった。
私はというと、最近引越しを終えて、
そのお客さんの家とは偶然にもわずか数駅の距離になったところだった。
携帯画面に表示された "ジャムおばさん"のアドレス登録の名前を見て、
記憶は一気に蘇り、また会いに行くことにした。
再会の瞬間はいつも緊張する。
玄関から出てきたジャムおばさんは、
相変わらずよく笑い、はっきりとした気持ちのいい口調も変わらなかった。
かたや私は、会っていない数年の間にいいことも悪いこともいろいろあって、
どう映るのかとどきどきしていたら、
今がいちばん素敵なんじゃないのとさらっと言った。
その時ちょっと泣きそうになったのは秘密にしている。
後で聞けば、私がりんご売りを辞めた後も、
私の名刺をなんとなくずっと机の前に貼っていてくれて、
ふとこんなタイミングで連絡をくれたそうだ。
ジャムおばさんは手料理を用意してくれていた。
いろんな話をしながらいただく優しい味はどれも抜群に美味しくて、
自分が最寄りの駅の大手和菓子屋で買った手土産の黒蜜団子が、
もう甘ったるくて嫌に感じてしまうほどだった。
「また遊びにいらっしゃい」と言って、
帰りは、余った筍ごはんと自家製プリンを食べきれないほど持たせてくれた。
毎日仕事を繰り返していると、自分の状態によって
お客さんが、時にただのお客さんとしてしか見られなくなるときがある。
でも、お客さんの中には突然現れたりんご売りのことを、
こんな風にただの販売員以上に思ってくれることもあって、
それを知る時、物を売っているだけじゃないことをお客さんに教えてもらう。
この実感は、私にとってかけがえのないものであり続けている。
ジャムおばさんに、最近も透明のりんごジャムを作っているのか聞いてみたら、
「あんな時間かかることもうしてへんわー!来てくれたから作ってたんや」
と笑い飛ばしながら言っていた。
人の縁とは本当におもしろおかしい。
川原由美子