2016年6月25日土曜日

初っ夏ー






あぁ暑っ。あっつー。まだ6月やというんになんやこの暑さは。ボケとちゃうんけ。あっっっつーーー。

と唸りながら現場へと向かう行き道の車内。そのあまりの熱気でおれは殺伐としていた。

しかしこの暑さは異常だ。窓を開けてもエアコンをつけてもてんで効果を現さない。

死んでまうんじゃなかろうか、と一抹の不安を感じながらちらと隣を見てみた。

すると助手席に座っている新人でおデブちんのムタがふんぞり返っている。

顔からはラードのような汗が噴出していて、ふごふご言っている。こいつも一丁前に暑がっているのである。

そんな姿を見てこの暑さの原因の全てはこいつにある、って判断した。というか判断せざるを得なかった。少なくとも車内温度を2度は上げているに違いない。

そんな彼を見るに見かねて私は、
「おい。暑いよ。お前が乗るといつもより暑く感じるよ」といった。
そしたらムタっちょは、
「なんでやねん!」といった。

おれは、え?となって少し戸惑った。何もそんなに小気味良いツッコミを期待してボケたわけでもないので、返答があまりにも想定外だったからである。

おれは、
「いやいや、なんでやねんじゃねーよ。あちーんだよ。それは事実だろうが」と、敢えてイライラした口調で言ったら今度は「誰がやねん!」と言った。

いよいよ意味がわからない。別にムタのことを何かに形容したり、このアホ!とか馬鹿!とか罵ったわけでもない。おれはただシンプルに「暑いですね」と言っただけなのである。にも関わらず突拍子もない返事をする。おれは質問した。
「え、なに言ってんの?暑いだろ?暑くないのか?」
「やかましわ!ええ加減にせえ!」と言われたときにおれはやっと気が付いた。

そうだ。こいつは確か芸人なのである。正確にいえばプロの芸人を志すいわば「卵」なのである。でっかい卵だ。

現在は何某の大手プロダクションで授業などを受けているそうなのであるが、そんなことは知ったことではない。
普段の会話にもこう露骨にいわゆるツッコミなどを入れられるとたまったものではないのだ。

百歩譲っておれとの会話時にのみそういった対応をするというのならわからなくもないが、こいつの厄介なところはそう、林檎売りをしていてお客さんにも同様に接するところである。

例えば、
「あの、すみません。林檎ジュースを頂きたいのですが」と女性のお客さんが歩み寄ってきて
「なんでやねん!」


「え?いや、だからそこの林檎ジュースを頂きたいのです」とまた言うと、
「もうええっちゅうねん!」


次第にお客さんはイライラしてきて、
「いい加減にして下さい。私は林檎ジュースが飲みたいだけなのです」
「ちゃんとせえ!」


「は?私はちゃんとしているつもりですが。これでも人道を逸れず真っ当に生きてきたつもりです」
「もう止めさせてもらうわ!」
と、そんな不毛なやり取りに辟易したお客さんは怒って帰っていった。無理もないだろう。


しかしどえらい新人ちゃんが入ってきたものである。このままでは行商にも差し支えが出るだろうと判断した私は率直にその旨を本人に伝えたがやはり返ってくる答えは「なんでやねん!」とか「どないせっちゅうねん!」である。


店長に相談しようと彼を乗せて店に帰り、しばらく話をしていると、ムタが隅っこでうずくまっている。

どうした?と聞いても返事がない。よく見ると奴の大きくて丸い背中が小刻みに震えている。

おい、とその肩を掴んで強引に顔を覗き込むと彼は泣いていた。

驚いたおれはどうした?なにがあった?と尋問しても彼は中々答えず、そうしてやっとこさ口を開いたと思ったら、
「林檎売れるようになりたいっす」と言った。


難儀なやつだと思った。

人見知りで不器用でアホで生真面目なこんな奴が果たして芸人になどなれるのだろうか、と思ったおれはもらい泣きなどしない。

少なくとも人生のパイセンであるおれの気持ちを込めて、
「なんでやねん!」と言ったらムタはとても驚いた顔をした。なんでやねん。




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