2017年1月19日木曜日

擬人





朝、目を覚ますと右腕の裏側が妙にざらざらする。
なんでやこれ。誰の仕業やこれ。と僕はざらざらする腕を触りながら不快感でいっぱいになった。
別に痛くもなければ痒くもないのだが、ただ確実に腕の表皮一部分だけがざらざらするのである。気になって仕方がないのである。ずっと撫でているとどことなく癖になりそうな触感でもあった。
しかし、こうしてざらざらするのは現実として起こっていることであり、今の僕にはどうしたって治すことなどできないのだから、いつまでもざらざらしているわけにはいかない。気にしないことにして行商に出掛けた。
しかし事態はそれほど簡単ではなかった。行商中もざらざらが気になってたまらないのである。
お客さんと話しているときも、「あー、そうだねぇ〜」とか言いつつ頭の中はざらざらしている。それが自分でわかるからまたざらざらする。よって一向に会話が弾まない。頭の中がざらざらしている自分に勘付いたお客さんもそりゃあ興醒めする。
「もうええわ!このポカホンタス!」とか言って帰ってく。「待って!違うの!話を聞いて!」と呼び止めても時すでに遅し。踵を返さず、重く玄関の扉が閉まる。万事休す。

そんなことを繰り返すうち、業を煮やした僕はいよいよその腕のざらざらを鏡に映してみることにした。
鏡の前で右の腕を折り曲げ、これから人の頭にエルボーを降り下ろさんとしている人、みたいな格好をしてまじまじと見つめてみた。
すると、なんとざらざらの一部分がはっきりと、そして明瞭に、鳥肌の様になってしまっていた。
僕は絶句した。ショックでした。町中を疾駆した。しゃっくりが止まった。無花果が美味しかった。
なんの因果でこんなことになってしまったのだろう。日頃鳥肉料理を食い過ぎたせいかしらん。
しかし、食う前には、僕は必ず「鳥さん。いつもありがたう。感謝しているよ。頭の先から足の先まで、ひいては卵まで、捨てるところが本当に一つもない君達は天才なんだ。オールマイティーなんだ。国境の無い世界だ。しかもこんな美味な上、比較的低価格で食べられるなんて、そんなこと誰が思いまっか?いやぁ。本当に凄い。ケッコッコー」と、感謝の意を述べてから食っているという僕に、鳥が怨念など掛けるはずがない。
しかし、よくよく考えてみると、近頃歩く際にやたら首が上下するなあ、と思っていたし、どことなく鳩胸がちでもある。
やっぱり僕は、はっはーーーん、鳥化していっているんだな。
やだな、と思った。人間のままで生を全うしたかった。結婚して平和な家庭を築きたかった。
しかしそんな凡庸な夢でさえも叶わなくなってしまった。願うことも許されない。
ええい、どうせなるなら、そうだな。キツツキがいいな。漢字で書くと啄木鳥。なんだか賢そうだし石川啄木と同じ名前だ。そして僕の一生は木を突きまくって終わっていくのだ。
ああ。神よ。どうかそれだけは!
なんて大声で叫んでいると田舎の畑の上にトンビが「ふぃーーーーーひょろろろろーーーー」と言いながらくるくる風に乗って旋回している。
なんて気持ちよさそうなのだろう。飛びまくっとる。そうか。鳥になると空を自由に飛びまくれるのだ。悪くない。悪くないぞぉ。
早速練習や、といってでっかい声で「ふぃーーーーーーー」と叫んでみたら、ベンジーみたいな髪型をした近所のおばはんが「うっせーんだよ糞が!!」といってどなり散らしてきたので僕はヒヨコのように小さくなってぴよぴよ泣いた。


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