2015年7月10日金曜日

失態

  頭痛がする。吐き気を催す。涙が止まらない。
  長蛇の車列にはまりこんでしまった私は車中で悶絶していた。
  車の流れが膠着してからかれこれ12分。非常に不味くなってきた。私にはあと5分という僅かな時間の猶予しか残されていないのである。
   普段であるなら、5分などという時間は私にとって湯水の如くであり、もちろんそんな僅かな時間のことでやきもきするほど切羽詰った人間ではない。
  しかし今は決して違う。5分後、すなわち午前八時十五分という時刻は私が日々勤労する林檎屋の最終集合時刻なのだ。
  日頃から、お前は遅刻の常習犯である、と店長の林隆三氏に懇々と叱責されている私にはもう後がなく、かといって、すんまへん渋滞が酷おてどうもにっちもさっちもいきまへんねや、などと連絡してみたところで信頼されるかどうかも怪しいところだ。
  どうしてよいのかわからなくなってきた私はいっそ車から半身を乗り出し、いわゆるところの「箱乗り」という運転技術を駆使した上で奇声を発しながら前後の車両にどっこんどっこん追突させてやろうか、などという危険極まりない思念に囚われたりもしたが、今は一人である。一人は孤独である。そんなことをする勇気など微塵も生じず、人目も気になるしそんな蛮行は恥ずかしいことこの上ない。ううん。どうにかならんかな〜。
  って、あぁ、こんなことをだらだら書いているうちにあと3分。いよいよ事態は切迫した状況になりつつある。
  それにしても先程から進まない。信号はもちろん正常に動作している。一体全体前の奴はなにさらしとるんやろ、と150mほど先に停留するダイハツ社製のタントという青い車に注視すると、きゃつは、周りの迷惑、混乱、悲しみ、苦しみ、など一切を放擲し、車中でなんと携帯ゲームを黙々とPLAYしているのである。
  それになんとなく気づき出した後列の車両達はついに業を煮やし、一斉にクラクションや怒声を浴びせかけ、ある者は物を投げ、またある者は狂い死にし、ある者は車中で抱きしめあったりしていた。
  私は遅刻を覚悟した。もう無理だ。仮に今からこの渋滞が流れだしても到底間に合う距離ではない。
  私は観念し、仏様のように澄み切った眼差しで窓の外を眺めると、澄み切った青空が広がり、入道雲がふわふわしている。そこにはなにかよく名称のわからない汚い鳥が羽ばたいていた。
  ブログを書き進めていこうという初日に遅刻をしてはならぬ。いかな事情であってもである。火をくぐり矢をかわしながらでも男は前進しなければならない。
  しかし、もうしない、などとは言わない。なぜなら自信がないから。今言えることは、少なくとも、毎週金曜だけでもしないように誓おう、ということだけであるのであるのである。
   とりあえず電話して謝ろー。

ムカイ林檎店・はしくれ
                                     沢口裕

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