2015年11月6日金曜日

時空のはざま




行商も行かずに昼間っから部屋でごろごろしている。
あぁ。あかんたれや。わいはあかんたれなんや。なんでこないに部屋のことを好きになってしもたんやろ。居心地が良すぎる。好き。部屋。
と、せっかくの休日をこのように無為に過ごすのはよくないことだということは今日日小学生のやっこさんでも認識している。

きっとおれは向後も部屋でごろごろし続けることだろう。

そう思うと目から涙が出た。

このままではいけないと思い、明るい未来の為、これ以上部屋でごろごろしないようにするにはどうしたらいいかうんと考えてみた。

するとやはりぼくの頭脳は明晰だったみたいで、40秒ほど考えたらすぐに答えが出た。

つまり、おれがついつい部屋でごろごろするのは、この居心地の良すぎる部屋に原因があるので、いっそこの部屋を雰囲気ごとすべてぶち壊そうという名案である。

そうと決まればごろごろしていられない。明るい未来の為、おれは布団から這い出た。

まずはなにから取り掛かろう。ということでまずは一切の家具、家電を遺棄した。これらが部屋に存在するとどうしても怠けてしまう。

作業開始後、2時間。部屋は完全なるがらんどうと化した。よしよし。これでよいのだ。

これから部屋の灯りはローソクだけ、コンビニ弁当を温める際も一度薪で火を起こし、アルミホイルに来るんだ弁当を良い加減の距離を保って炙り続ける、という方法をとるしかなくなった。ざまあみさらせ。

そしてようよう空っぽになった部屋を見渡すと、まだなにかやり足りない。そこかしこに生活感が横溢している。

私はホームセンターに出向き、とても大きくて立派なハンマーを購入した。壁に穴を空けるのである。

自分の部屋に穴が空いていたらそれはさぞかし落ち着かないことこの上なく、まさか休日に布団でごろごろなどしていられないだろうと思ったからだ。

部屋の壁は非常にもろく、いとも簡単に穴は貫通した。穴の向こうには外壁の内側のコンクリートが丸見えである。なんだ、こんなことでごろごろしなくなるのならもっと早くやっとけばよがった。

すべての作業を終え、閑散とした部屋に一人でいると、まるで雑木林の中にいるような気持ちになってきて、この荒涼感がなんともいえず清々しい。うん、良い感じに落ち着かない。


翌日。いつもの通り行商に出掛けた。なにしろ落ち着かない部屋になったもんだから、少しでも早く家から出ようという心境になって、店に到着したのはいつもより2時間も早めだった。
これは非常に良い傾向である。

朝からこの調子なのだから、もちろん行商も順調に決まっている。この日もりんごは飛ぶように売れ、おれは笑いが止まらなかった。

部屋が落ち着かなくなったことで気持ちがうきうきするなんて、おれは変態かもしらん。と思いながらも溢れ出る喜びを抑えきれず、スキップをしながら部屋に帰宅。

するとなんたらことだろう。今朝方部屋を出る際、あまりにも部屋から早く出たいという気持ちが強すぎて、部屋のドアを閉め忘れているではないか。

おっといけねえ、侵入者なんてものがおったらさすがに落ち着かないどころの騒ぎではなくなる、これからは気をつけよう、と部屋に一歩足を踏み入れると、中から獣の臭いがした。

え?って一瞬自分の鼻を疑ったが臭いは確かで、なんだったら小さく唸る声も聞こえる。

おれは恐る恐る携帯電話の光を灯した。

すると、オーマイキャット。おれの布団の上に猫がいた。それもまぁまぁでかい猫が。

おれは犬はまぁそこそこ平気な質だが、猫は苦手である。とりあえず一刻も早く出ていってほしいという気持ちが芽生えたので、おれは恫喝した。

すると猫はちょっとしたパニックに見舞われ、向こうからしたら、自分の部屋にいきなり知らんおっさんが現れて大声を上げだした、ぐらいに面食らっておれの部屋の中を右往左往、縦横無尽に走り回った。

それを見ておれもパニックに陥った。

もしも猫が逆上して噛み付いてきたらどうしよう。
でもここで退くとこの部屋は猫に占拠されてしまう。
そうなると明日からの住処を失ってしまうのだ。
それだけはいけない。そうはさせない。
しかしよく考えてみると、おれは今玄関口に立っていて、走り回る猫ちゃんもできればおれの側を通過せずに部屋から脱出したい、と思っているに違いなく、二人は一定の距離を保ちながらただそれぞれのパニックに陥る一方である。

あわわわ。どないしよ、誰か助けでも呼ぼうかな、と思っていると、猫が急に覚悟を決めたような表情をしてこちらにむかって走り出してきた。あかん、負ける!目を瞑って身を固めていると、どごご、という音と同時に猫の気配は無くなった。



部屋を見渡すと、先程までの騒動がまるで嘘のように、元の居心地の悪そうな雰囲気に戻っている。
どこに行ったのだ、猫。

はっきりしないともっと落ち着かないではないか。懊悩しながら先程空けた穴の方をちらと見た。

すると穴の入口のところに当の猫のものであろう出来立てほやほやの糞が落ちていた。
ここから逃げたのか。そして逃げ際に糞を残して行ったのだ。なんという醜悪な、そして往生際の悪い猫だろう。

まさか自分で空けた穴が抜け道になるなど考えもしなかった。おれは慌ててまたホームセンターに出掛けていき、空けた穴の大きさと同じサイズのベニヤ板を購入し、来春にはそれを打ちつけようと計画して、部屋でごろごろした。

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