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部屋にある灯りは、卓上に置かれた小さなランプ一つだけだった。
少年は、この部屋で一人閉じこもり、ランプの横に置かれたトランジスタラジオに、耳を傾けるのが何よりの至福だった。
そこから微かに聴こえてくるラジオDJの話し方や、曲をかけるタイミング、果てはその息遣いまで、全てを自分のものにしてやろうと、毎晩、躍起になって聴いていた。
しかし、あの部屋の壁の色は、何色だったっけ。
古くなったトランジスタラジオを押し入れからほり出した青年は、妙に心苦しくなった。
当時の情景をまるで人ごとのようにしか思い出せない。
ラジオ本体はすっかり色褪せ、至る所に手垢が付着している。
電池カバーの蓋も、今にも取れかかっている有様だ。
よほどのマニアなどでない限り、貰い手はそうそう見つからないだろう。
まさかとは思いつつ、電源のスイッチを入れてみた。
反応は無い。
当然か、と青年は諦めてラジオを元の場所に戻そうとした。
すると手の中で、カチ、という音がした。
驚いてラジオに耳を押し当てる。
スピーカーの奥から、息を吹き返した小動物のように、頼りのない、僅かな音声が、雑音に紛れながら流れ出した。
聞き覚えのある声。少し鼻につく、通りの悪い声。
それまで他人事だった情景は一気に色彩を取り戻した。
壁の色も蘇り、部屋の匂いもあの頃のままだ。
思い出に血が通っていく。
これほどまでに鮮明なのはきっと、あの時間が、今でも実は身近なものだったからなのだろう。
青年は静かに目を閉じて、音に耳を澄ませた。
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