2015年9月18日金曜日

ラブレター






  部屋にある灯りは、卓上に置かれた小さなランプ一つだけだった。



  少年は、この部屋で一人閉じこもり、ランプの横に置かれたトランジスタラジオに、耳を傾けるのが何よりの至福だった。




  そこから微かに聴こえてくるラジオDJの話し方や、曲をかけるタイミング、果てはその息遣いまで、全てを自分のものにしてやろうと、毎晩、躍起になって聴いていた。




  しかし、あの部屋の壁の色は、何色だったっけ。




  古くなったトランジスタラジオを押し入れからほり出した青年は、妙に心苦しくなった。


  当時の情景をまるで人ごとのようにしか思い出せない。


  ラジオ本体はすっかり色褪せ、至る所に手垢が付着している。

  電池カバーの蓋も、今にも取れかかっている有様だ。

  よほどのマニアなどでない限り、貰い手はそうそう見つからないだろう。

  まさかとは思いつつ、電源のスイッチを入れてみた。

  反応は無い。

  当然か、と青年は諦めてラジオを元の場所に戻そうとした。


  すると手の中で、カチ、という音がした。


  驚いてラジオに耳を押し当てる。
 
 
  スピーカーの奥から、息を吹き返した小動物のように、頼りのない、僅かな音声が、雑音に紛れながら流れ出した。

  聞き覚えのある声。少し鼻につく、通りの悪い声。

  それまで他人事だった情景は一気に色彩を取り戻した。

  壁の色も蘇り、部屋の匂いもあの頃のままだ。

  思い出に血が通っていく。

  これほどまでに鮮明なのはきっと、あの時間が、今でも実は身近なものだったからなのだろう。



  青年は静かに目を閉じて、音に耳を澄ませた。

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